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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)704号 判決 1958年12月22日

控訴人 東京自動車タイヤ販売 株式会社破産管財人 田辺恒之

被控訴人 神奈川県

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し金五十万円及びこれに対する昭和二十七年七月二十六日から完済まで年五分の金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分しその一を被控訴人その余を控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、金十万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す、被控訴人は控訴人に対し金五百二十三万六千四百三十五円及びこれに対する昭和二十七年七月二十六日以降完済まで年五分の金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに立証は、控訴代理人において、

一、訴外井上政雄は、神奈川県東丹沢森林事務所において物品購入の補助その他の庶務雑用を担当していたものであり、その雑用とは、物品購入の際業者から見積をとつたり、物品を運んだり、業者と交渉したり、業者に納入させる手続をしたり、物品の検収をしたりするなど、事務所のなす仕事万般に及ぶものである。右井上が、本件タイヤ納入においてなした数量を検じて受領し、格納し、物品受領書に捺印交付し或は代理受領委任状を受領するなど一連の作為は、前記雑用であり右井上の職務をなすものである。訴外大久保要次郎が、訴外村上治男と同行したのは、物品が前記森林事務所に納入されるか否かを確認するためであり、若し右井上が右村上と共謀して右のように作為を弄することがなかつたならば、右大久保は物品を交付せずこれを持ち帰つた筈である。従つて、破産会社は、被控訴人の使用人である右井上の少くとも外観上の職務執行と認められる行為によつて損害を加えられたものである。

二、仮りに、足柄下地方事務所関係において訴外山口一作が前記村上と共謀したことがないとしても、右山口はその職務の執行につき過失により破産会社に損害を加えたものである。すなわち、右山口が物品を受け取るに際し甲第五号証の受領証に捺印交付したこと、検収調書と題する書面を作成交付したこと、甲第十一ないし第十三号証の用紙を交付したことは物品検収に附帯する一連の手続であり、右山口が担当する職務の一部たる自動車関係事務中業者との折衝物品受領の手続行為に該当する。破産会社が物品の引渡をなしたのは、右山口の右の如き一連の行為により、少くとも外観上右山口の職務執行に当ると認められたため被控訴人が購入するものと誤信したことによるものであるが、右山口は大久保が村上と同行附添つていたことを熟知していたので、搬入物品全部を前記地方事務所で買い受けるものと荷主側で誤信することのあるべきことを当然予想しえたものであるから山口は、職務上用うべき相当の注意を怠り、これにより破産会社に損害を及ぼしたものというべきである。

と述べ、当審証人大久保要次郎、同村上治男、同山口一作の各証言を援用し、被控訴代理人において、当審証人南条完二、同森本善光の各証言を援用したほか、原判決の事実摘示と同一であるので、ここにこれを引用する。

理由

一、東京自動車タイヤ販売株式会社(以下破産会社という)が昭和二十八年十二月二十二日東京地方裁判所において、破産の宣告を受け、控訴人が同日その破産管財人に選任されたことは、当事者間に争のないところである。

二、成立に争のない甲第十号証の一、二乙第二号証の四ないし七原審における証人大久保要次郎の証言により成立を認めうる甲第二号証の一、二第三号証第七号証と甲第一号証及び第五号証の各存在と当審及び原審における証人大保要次郎同村上治男の各証言、原審における証人増田繁雄の証言を綜合すれば、

(1)、訴外村上治男が、昭和二十七年一月末頃当時破産会社の代理人として同会社のタイヤの販売その他の業務に従事していた訴外大久保要次郎に対し、神奈川県東丹沢森林事務所から原判決添附第一表記載の自動車タイヤなどの納入注文を受けた旨虚偽の事実を申し向け、その買い受けの申込をなし、その旨同人を誤信せしめ、同年二月一日頃同人をして破産会社から右第一表記載の自動車タイヤなどを出荷せしめ、これを右大久保とともに前記森林事務所に運搬し翌二日右事務所に納入する如く装つて右大久保からその引渡を受けてこれを騙取し、

(2)、右村上治男が、同年三月四日頃右大久保要次郎に対し、前記森林事務所から更に原判決添附第二表の自動車タイヤなどの納入注文を受けた旨虚偽の事実を申し向け、その買い受け申込をなし、その旨同人を誤信せしめ直に右自動車タイヤなどを破産会社から出荷せしめ、これを右大久保とともに神奈川県南秦野町今泉百十四番地の当時の右村上治男の居宅前まで運搬し、翌五日同所において前記事務所に納入する如く装つて右大久保からその引渡を受けてこれを騙取し、

(3)、右村上治男が、同年三月二十三日頃右大久保要次郎に対し、神奈川県足柄下地方事務所から原判決添附第三表の自動車タイヤなどの納入注文を受けた旨虚偽の事実を申し向けその買い受け申込をなし、その旨同人を誤信せしめてその頃破産会社から右自動車タイヤなどを出荷せしめ、これを右大久保とともに前記事務所に運搬し、同年三月二十九日同所において前記事務所に納入する如く装つて、右大久保からその引渡を受けてこれを騙取し、

その価額に相当する損害を破産会社に被らしめ、前記甲第二号証の二第三号証第七号証によれば、右第一表の価額が金百十三万円、第二表の価額が金百五十三万三千七百円、第三表の価額が金三百四十五万八千九百五十円、合計金六百九万二千六百五十円であることを認めることができ、以上の認定を左右するに足る何らの証拠もない。

三、控訴人は、被控訴人の職員である訴外森本善光、井上政雄及び山口一作がその事業の執行に付き前記村上治男の不法行為に加担したものであるので、被控訴人は前記不法行為につき賠償の責任を免れないと主張するので、この点につき順次審案するに、

(1)、訴外森本善光が、昭和二十七年一月頃被控訴人神奈川県の職員で東丹沢森林事務所長であり、同人がその頃前記村上治男の依頼により、タイヤ四本を注文し同事務所名義の注文書を発行しこれを同人に交付したことは、当事者間に争なく、当審及び原審における証人森本善光同村上治男の各証言と成立に争のない乙第二号証の一によれば、右森本善光は、昭和二十七年一月末頃前記村上治男から、タイヤを仕入れるには官庁からの注文書があると好都合だ、秦野管内では専売公社からも注文書を貰つているから注文書を書いて欲しいと依頼され、タイヤ四本を注文する旨の注文書を作成しこれを右村上に交付したこと、右森本は右村上が右注文書をタイヤの販売業者に提出してタイヤを買い受けることあるを推察していたこと、その後同年二月二日右村上がトラツク一台分のタイヤ(前記第一表記載)の預り方を依頼するやこれを承諾し同事務所の職員井上政雄をして一時これを右事務所の車庫に預らしめたことを認めることができる。控訴人は、右村上は右注文書を前記第一表の数量に改変し、これをもつて欺罔したと主張するが、原審における証人井上政雄の証言中には、村上がトラツク一台にタイヤを積んで来たとき、同人は所長から書いて貰つた注文書の数量を訂正し、これだけの品物が来て仕舞つたと述べたとの趣旨の供述があるが、後記証人村上治男同増田繁雄の証言に照らせばそのままには信じ難く、他に右事実を認めるに足る証拠がない。しかして、原審における証人村上治男同増田繁雄の証言によれば、前記村上治男は森本善光から交付を受けた注文書を使用せず大久保要次郎を欺罔して前記二の(1) のように自動車タイヤなどを騙取したものと認めるほかないので、前記森本善光の発行した前記注文書と右騙取との間には何らの関係のないものというべくまた、前記森本善光が前記井上政雄をして前記自動車タイヤを一時前記事務所の車庫に預らしめたことは、前記村上治男が前記大久保要次郎を欺罔する手段の一助となつたことは否定し難いが、当時右森本善光が右自動車タイヤなどが前記事務所において買い受けたものとして搬入された事情を知つていたものと認める証拠がないので(当審における証人大久保要次郎の証言中には、大久保要次郎が代金の支払に関し森本善光に話した旨の供述があるが、前記証拠と対照すると措信し難く、他にこれを認める証拠がない)これをもつて右森本善光が前記村上治男の騙取行為に加担したものとなすに由ない。然らば、右森本善光の不法行為責任をいう余地なく、この点の控訴人の主張は採用し難い。

(2)  成立に争のない乙第二号証の二、六、七と原審証人井上政雄の証言と、これによつて成立を認めうる甲第四号証並びに原審及び当審における証人村上治男同大久保要次郎の各証言によれば、訴外井上政雄は昭和二十七年二月二日当時被控訴人の東丹沢森林事務所の臨時雇傭員であつたが、前記村上治男からトラツク一台分のタイヤ(前記第一表記載)を前記森林事務所に預つてくれとの依頼を受け一旦断つたが所長森本善光の口添もあつてこれを承諾し、点検の上車庫に預り、その際前記大久保要次郎の面前で代金受領委任状を右村上から交付され、更に右村上の出した納品書の如き書類に捺印し、右大久保が一組金一万九千円と言つたのに対し金一万八千円でないと買えないと言つたこと、これらのため、前記大久保要次郎は、前記事務所が前記タイヤを買受け受領するものと信じこれを前記村上に引渡すに至り、更に、右井上政雄は同年三月五日頃右村上から東丹沢森林事務所の名で品物が来たから見ておいてくれと依頼され、右村上の居宅前の道路上でトラツクに積まれたタイヤ(前記第二表記載)を見、その場に居合せた前記大久保とは話を交さなかつたが、これにより前記大久保要次郎は、前事務所が右タイヤを買い受けたものと信じこれを右村上に引渡すに至り、その後右井上政雄は、右村上から右大久保に渡してくれと依頼されて「支払日変更通知」(甲第四号証)を預り、右大久保の依頼によりこれに前記事務所印を押捺して同人に交付したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠なく、右事実によれば、前記井上政雄は、前記村上治男が前記森林事務所からタイヤの注文があつて、これに納入するように装い前記大久保要次郎を欺罔していることを知つて、これを補助するため前記のように点検その他の行為をなしたことを否定し難いので、前記一の(1) 及(2) の前記村上治男の不法行為に加担し、控訴人に前記金百十三万円及び金百五十万三千七百円の損害を与えたものというべく、従つて井上は個人として右村上とともに不法行為の責任を免かれないものといわねばならない。しかしながら当審並びに原審における証人南条完二同森本善光の各証言と原審における証人井上政雄の証言によれば、前記東丹沢森林事務所は被控訴人の農林部林務課の管下にあり、昭和二十七年当時は自動車一台を使用し所長のほか補助員一名の小事務所で、物品購入の権限なく、必要物品は県に申請しその許可を得て購入し、少額の物品は所長が見積り検収することもあるが、多くは県が購入手続をなすこと、前記井上政雄は昭和二十六年五月一日二ケ月期間の臨時林業技術補助員として雇われ、事務所における雑用をなし、前記のように所長が物品購入の手続をなすとき事実行為の補助者として業者と交渉し検収をなし或は自動車の助手をなしていたことを認めうべく、これによれば、井上政雄の前記所為は同人の職務に属するが如くであるが、同人は本来独立して行動する権限はなく、常に事務補助者として上司の命令によつて雑用に従事するものであつて、前記(1) 及び(2) の場合において同人が検収、収納の権限あるものの如く振舞つたことは否定しえないところであるが、井上の行為はただ村上の便宜のためになされたものであつて上司の命によつて前記森林事務所のためになされたものでなく、従つて、同人の行為はいわゆる職務の執行につきなされたものとは言い難い。然れども、前記甲第四号証と原審における証人井上政雄同大久保要次郎の各証言及び当審における証人大久保要次郎の証言並びに甲第一号証の存在とを綜合すれば、大久保要次郎が昭和二十七年二月二日及び同年三月五日前記第一表及び第二表記載の如く自動車タイヤを納入するに当り、井上政雄が前記東丹沢森林事務所の車輛主任であると信じていたこと及び当時右事務所においては井上政雄のほかこれに当るものがいなかつたことを認めうるので、大久保要次郎が井上政雄の前記検収及び収納の行為を権限に基くものと信じても無理のないところというほかないので、前記行為をもつて外形上井上政雄の職務行為とみるほかないものといわねばならない。然らば、井上政雄の使用者である被控訴人は同人が前記行為により控訴人に加えた前記損害を賠償すべき責任あるものというべく、被控訴人は、井上政雄の選任及び事業の監督につき相当の注意を怠らなかつたと主張するが、これを肯定するに足る格別の証拠がない。しかして、前認定の事実に照せば、大久保要次郎において相当の注意を払えば、前記事務所の規模に照らし同事務所が前記第一表及び第二表の如き多量の自動車タイヤの納入を注文するが如きことのないのを容易に看取し得たものというべく、同人が前記の如く右自動車タイヤを騙取されたのは、同人にも相当の過失のあつたものというほかなく、これを斟酌するときは、被控訴人の賠償すべき額は金五十万円をもつて相当と考える。従つて、被控訴人は控訴人に対し金五十万円とこれに対する訴状送達の翌日であることが本件記録に照らし明らかである昭和二十七年七月二十六日以降完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払義務のあることが明らかであるがその余の控訴人の請求は理由のないものである。

(3)、成立に争のない乙第二号証の三、当審における証人大久保要次郎の証言により成立を認めうる甲第五号証第十一ないし第十三号証と、当審及び原審における証人山口一作同村上治男同大久保要次郎の各証言によれば、訴外山口一作は被控訴人の足柄下地方事務所林務課治山係に勤務していたが、昭和二十七年三月二十九日午後七時頃小学校時代の友人である前記村上治男から「沼津の方にタイヤを持つて行くのだが、おそくなつて行けないからトラツク二台分預つてくれ」との依頼を受け、庶務係長の承諾を得て、これを右事務所の倉庫に預り、その際タイヤの数量を調べ、前記第三表記載のタイヤ百六十五組を受領した旨の受領書(甲第五号証)に捺印し、これとともに検収調書と題する書面を右村上に交付し、よつて、前記大久保要次郎は右タイヤを前記事務所が買い受けこれを受領するものと信じ、これを右村上に引渡すに至り、この際右山口一作は右タイヤの中から右事務所として四本を買い、更に他から依頼されていた分として六本を買い、その後右四本につき見積書、完納届、請求書の用紙(甲第十一ないし第十三号証)を右村上に交付して手続をなすことを求め、その後前記大久保要次郎から代金の請求を受けたとき三回に分割して支払う旨答えたことが認められ、当審及び原審における証人山口一作の証言中前記受領書(甲第五号証)は白紙に捺印したものであるとの供述は、前記乙第二号の三と当審における証人大久保要次郎の証言に照らし措信し難く、前記山口一作が、前記村上が前記タイヤを前記事務所に納入する如くよそおつてこれを騙取する事情を知つていたこと、前記大久保要次郎から代金受領委任につき山口一作に説明したこと、山口一作が代金受領委任状の交付を受けたことについては、この点の乙第二号証の五の記載、当審及び原審における証人大久保要次郎の証言は、前記証拠と対照すると信用し難く、他にこれを認めるに足る証拠がない。右認定の事実によれば、右山口がタイヤ百六十五組の数量を調べ、受領書に捺印し、検収調書を交付したことが、前記大久保要次郎が右タイヤを前記事務所で買い受けたものと信ずる一助となつたことを否定し難いが、右山口が右事情を知つていたことを認める証拠のない以上同人に故意ありとなすに由なく、また前記乙第二号証の五と当審及び原審における証人大久保要次郎の証言によつても、前記大久保要次郎は昭和二十四年三月二十四日にすでに破産会社から右タイヤ百六十五組を出荷せしめ、これを前記事務所で前記村上に引渡すまでに数日を経過し、その間前記大久保要次郎は前記事務所に土木課或は林務課の存否を確めていることが明らかであり、また、当審及び原審における証人南条完二同山口一作の証言によれば、前記事務所には、当時トラツクその他約四台の自動車を使用していたが、はじめて右事務所に来た者でも右事務所が前記タイヤ百六十五組の如き大量のタイヤを購入することは到底考えられないところであること及び前記村上が特に前記大久保要次郎に秘してタイヤの預り方を山口一作に交渉した形跡のないことが窺われるので、以上の事情からすれば、右山口一作が、前記大久保要次郎が欺罔されている事実を知らなかつたとしてもこれをもつてその過失に帰するは酷に過ぎるものといわざるをえない。然らば、右山口一作に対し不法行為の責任を問うに由なく、この点の控訴人の主張は、採用し難い。

然らば、控訴人の請求中金五十万円とこれに対する昭和二十七年七月二十六日以降完済まで年五分の金員の支払を求める部分は、これを正当として認容すべく、その余は理由なしとして棄却すべきにより、これと異る原判決を取り消し、右の如く請求の一部を認容しその余を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第九十二条仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡咲恕一 田中盈 脇屋壽夫)

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